運命の人 第12話
2013年 11月 08日
彼女が少し落ち着いてきた。
「とりあえず、着替えなきゃな。…予備の制服があるから…」
そう言いかけて、自分の腕の中にいる佐伯さんを見る。
仕事に戻す…きついことを言っている自覚はあるが…
「予備の制服持ってくるから、待ってて。」
「…支店長…」
佐伯さんが不安そうな目で俺を見つめた。
「大丈夫。すぐ戻ってくるから。」
このままずっとそばにいてやりたい気持ちを押さえて、俺は支店にいったん戻った。
*****
「大丈夫。すぐ戻ってくるから。」
そう言って支店長は去っていった。予備の制服を取りに行くために…。
支店に戻りたくない。
仕事に戻りたくない。
もう何もかも嫌だよ…。
どうして、バケツの水をかけられたり、ビンタされたり、悪口いっぱい言われたりしなきゃいけないの?
もう会社辞めたいよ…。
*****
「佐伯さん、はい。…ん?」
支店長が戻ってきて、私に予備の制服とタオルを差し出した。
私はそれを受け取らない。
「佐伯さん?」
「もう私嫌です!仕事に戻りたくない!会社も辞めたい!」
私はそう叫ぶと、また声をあげて泣き出してしまった。
*****
支店長は黙って私のそばにいる。
「佐伯さん…思ってること少しだけでも吐けて楽になった?」
いつもの優しい口調…
「ぐすん…私…もう嫌です…ぐすん…どうして水かけられたり、ビンタされたり…もう嫌です…ぐすん」
「…佐伯さん…今日の15時からの約束覚えてる?」
「え…」
あ…今日は15時から、私のことをとても気に入ってくれているおじいさんが来る。
私と同じ年齢のお孫さんがいるらしく、私のことをすごく可愛がってくれている。
今日は、その方が投資信託の説明を聞くために来店してくる。
『佐伯さんからじゃないと嫌だ!』ととても嬉しいことを言ってくれている。
「はい…」
「うん。だったら、仕事に戻らなきゃ。辛いのはよくわかる。そんな職場環境にしてしまっているのは、支店長の俺の責任だ。」
「そんな!支店長は全然悪くないです!」
私がそう叫ぶと、支店長はいつもよりもさらに真剣な目で私を見た。
「あんなバカたちのせいで辛いだろうけど、それはお客さんには関係ない。君はまだ新人だけど、もうプロだ。お客さんの信頼を裏切るようなことは絶対にしちゃいけない。」
私は…プロ…
『新人さん?頑張ってね』
『新人さんなのに、しっかりしてるね』
私の脳裏に、優しいお客様たちの顔が浮かんだ。
この人たちの信頼を裏切るなんて…絶対にダメだ…。
「支店長…私…仕事に戻ります。」
「うん。俺は先に支店に戻ってる。」
「はい。ありがとうございました。」
*****
トイレの個室で着替えながら、支店長のことを考えて私は赤面していた。
私…しがみついちゃったよ…
何してるのよ…
だけど…支店長はそんな私を抱きしめてくれた…。
深い意味なんかないことはわかってる。
私なんか支店長には不釣り合いだもん。
いつも支店長の前では泣いてばっかりだし…。
そもそも、支店長は、見た目も性格も仕事も完璧な人を好きなのに、3つとも全然ダメな私なんて絶対に無理だ。
正直、支店長に本当に釣り合う人なんて、支店長の好きな人以外にいないと思う。
どんな人なんだろう。
会ってもショックを受けるだけだから、会いたくはないけど。
「…仕事に戻ろう。」
着替え終わった私は、色々な暗い感情を心のなかにしまって、支店に戻った。
*****
「あの子生意気なんですよぉー。」
「そうですぅー。最近やっと仕事がまあまあできるようになったからって調子に乗っててー。」
気持ち悪い喋り方をするなよ…。
てか、仕事ができるようになったことは認めてるんだ(笑)
「…だから、ビンタしたりバケツの水ぶっかけたりしたのか?」
「「えっ!?」」
仕事が一段落した後、俺はバカ女二人を呼んで話をしていた。
あんまりこういう手段は使いたくなかったが…
「人事部にかけあって、君たちをより君たちに合った部署に異動してもらおうと思ってるんだ。」
「「嫌です!私、支店長のそばで働きたいです!」」
「ありがとう。そんなに俺を慕ってくれているなんて嬉しいよ。
俺は、うちの支店をうちの銀行で一番にしたい。東京支店を追い抜きたいと思ってる。」
「「はい!支店長素敵ですぅー!」」
気持ち悪い…目がハートになってるぞ…。
「だから、佐伯さんにできるようになってもらわないと困るんだ。佐伯さんだけじゃなくて、支店のメンバー全員だ。」
「「はい…」」
「君たち二人は俺にとって大切な戦力だ。君たちには、うちの支店を一番にするために俺の右腕として頑張ってほしいんだ。」
「「支店長の右腕!!きゃあ!」」
「俺の右腕の君たちの仕事は、良い職場環境を作ること・新人教育全般だ。わかる?」
「「はい!」」
「もちろん、厳しく接してくれよ。だけど、昼ドラみたいなのは職場の雰囲気が悪くなるから、勘弁してくれよ。」
「「はい!」」
「君たちにはとても期待してるから、よろしく頼むよ。…長々と話してすまなかった。お疲れ。明日からまたよろしくな。」
「はい!私、支店長の右腕として頑張ります!」
「私も支店長の右腕として頑張ります!」
バカ女は二人ともスキップをしながら、去っていった。
ふぅ…これで少しは嫌がらせがおさまるといいんだが…。
「支店長~~~~!!!!」
俺が今後の心配をしてるところに、山口が俺の胸に飛び込んできた。
「おい!離せ!」
やれやれ…今日はどうしたんだよ…。
てか、所構わず抱きついてくるのやめろ…。
佐伯さんだったら可愛いけど、こいつにされても気持ち悪いだけだ…。
佐伯さん…小さかったな。守ってやりたい…。
あ、そんなことはいいんだ。とりあえず、山口をどうにかしないと…。
「佐伯さんに断られたんですぅ~」
お前まで、気持ち悪い喋り方するなよ…。
ん?断られた?
「へえ…それは残念だな。諦めるのか?」
「諦めません!だから、支店長に相談しに来たんです!」
「知らねえよ…自分でどうにかしろよ…。てか、俺よりもっと年の近い奴に相談した方がいいだろ…。」
「いえ!カッコ良くて、気遣いのできる大人の支店長の方が絶対にいいです!」
はいはい…なんか今日はやたらと疲れる一日だな…。
てか、まだ仕事残ってるのに勘弁してくれよ…。
つづく
「とりあえず、着替えなきゃな。…予備の制服があるから…」
そう言いかけて、自分の腕の中にいる佐伯さんを見る。
仕事に戻す…きついことを言っている自覚はあるが…
「予備の制服持ってくるから、待ってて。」
「…支店長…」
佐伯さんが不安そうな目で俺を見つめた。
「大丈夫。すぐ戻ってくるから。」
このままずっとそばにいてやりたい気持ちを押さえて、俺は支店にいったん戻った。
*****
「大丈夫。すぐ戻ってくるから。」
そう言って支店長は去っていった。予備の制服を取りに行くために…。
支店に戻りたくない。
仕事に戻りたくない。
もう何もかも嫌だよ…。
どうして、バケツの水をかけられたり、ビンタされたり、悪口いっぱい言われたりしなきゃいけないの?
もう会社辞めたいよ…。
*****
「佐伯さん、はい。…ん?」
支店長が戻ってきて、私に予備の制服とタオルを差し出した。
私はそれを受け取らない。
「佐伯さん?」
「もう私嫌です!仕事に戻りたくない!会社も辞めたい!」
私はそう叫ぶと、また声をあげて泣き出してしまった。
*****
支店長は黙って私のそばにいる。
「佐伯さん…思ってること少しだけでも吐けて楽になった?」
いつもの優しい口調…
「ぐすん…私…もう嫌です…ぐすん…どうして水かけられたり、ビンタされたり…もう嫌です…ぐすん」
「…佐伯さん…今日の15時からの約束覚えてる?」
「え…」
あ…今日は15時から、私のことをとても気に入ってくれているおじいさんが来る。
私と同じ年齢のお孫さんがいるらしく、私のことをすごく可愛がってくれている。
今日は、その方が投資信託の説明を聞くために来店してくる。
『佐伯さんからじゃないと嫌だ!』ととても嬉しいことを言ってくれている。
「はい…」
「うん。だったら、仕事に戻らなきゃ。辛いのはよくわかる。そんな職場環境にしてしまっているのは、支店長の俺の責任だ。」
「そんな!支店長は全然悪くないです!」
私がそう叫ぶと、支店長はいつもよりもさらに真剣な目で私を見た。
「あんなバカたちのせいで辛いだろうけど、それはお客さんには関係ない。君はまだ新人だけど、もうプロだ。お客さんの信頼を裏切るようなことは絶対にしちゃいけない。」
私は…プロ…
『新人さん?頑張ってね』
『新人さんなのに、しっかりしてるね』
私の脳裏に、優しいお客様たちの顔が浮かんだ。
この人たちの信頼を裏切るなんて…絶対にダメだ…。
「支店長…私…仕事に戻ります。」
「うん。俺は先に支店に戻ってる。」
「はい。ありがとうございました。」
*****
トイレの個室で着替えながら、支店長のことを考えて私は赤面していた。
私…しがみついちゃったよ…
何してるのよ…
だけど…支店長はそんな私を抱きしめてくれた…。
深い意味なんかないことはわかってる。
私なんか支店長には不釣り合いだもん。
いつも支店長の前では泣いてばっかりだし…。
そもそも、支店長は、見た目も性格も仕事も完璧な人を好きなのに、3つとも全然ダメな私なんて絶対に無理だ。
正直、支店長に本当に釣り合う人なんて、支店長の好きな人以外にいないと思う。
どんな人なんだろう。
会ってもショックを受けるだけだから、会いたくはないけど。
「…仕事に戻ろう。」
着替え終わった私は、色々な暗い感情を心のなかにしまって、支店に戻った。
*****
「あの子生意気なんですよぉー。」
「そうですぅー。最近やっと仕事がまあまあできるようになったからって調子に乗っててー。」
気持ち悪い喋り方をするなよ…。
てか、仕事ができるようになったことは認めてるんだ(笑)
「…だから、ビンタしたりバケツの水ぶっかけたりしたのか?」
「「えっ!?」」
仕事が一段落した後、俺はバカ女二人を呼んで話をしていた。
あんまりこういう手段は使いたくなかったが…
「人事部にかけあって、君たちをより君たちに合った部署に異動してもらおうと思ってるんだ。」
「「嫌です!私、支店長のそばで働きたいです!」」
「ありがとう。そんなに俺を慕ってくれているなんて嬉しいよ。
俺は、うちの支店をうちの銀行で一番にしたい。東京支店を追い抜きたいと思ってる。」
「「はい!支店長素敵ですぅー!」」
気持ち悪い…目がハートになってるぞ…。
「だから、佐伯さんにできるようになってもらわないと困るんだ。佐伯さんだけじゃなくて、支店のメンバー全員だ。」
「「はい…」」
「君たち二人は俺にとって大切な戦力だ。君たちには、うちの支店を一番にするために俺の右腕として頑張ってほしいんだ。」
「「支店長の右腕!!きゃあ!」」
「俺の右腕の君たちの仕事は、良い職場環境を作ること・新人教育全般だ。わかる?」
「「はい!」」
「もちろん、厳しく接してくれよ。だけど、昼ドラみたいなのは職場の雰囲気が悪くなるから、勘弁してくれよ。」
「「はい!」」
「君たちにはとても期待してるから、よろしく頼むよ。…長々と話してすまなかった。お疲れ。明日からまたよろしくな。」
「はい!私、支店長の右腕として頑張ります!」
「私も支店長の右腕として頑張ります!」
バカ女は二人ともスキップをしながら、去っていった。
ふぅ…これで少しは嫌がらせがおさまるといいんだが…。
「支店長~~~~!!!!」
俺が今後の心配をしてるところに、山口が俺の胸に飛び込んできた。
「おい!離せ!」
やれやれ…今日はどうしたんだよ…。
てか、所構わず抱きついてくるのやめろ…。
佐伯さんだったら可愛いけど、こいつにされても気持ち悪いだけだ…。
佐伯さん…小さかったな。守ってやりたい…。
あ、そんなことはいいんだ。とりあえず、山口をどうにかしないと…。
「佐伯さんに断られたんですぅ~」
お前まで、気持ち悪い喋り方するなよ…。
ん?断られた?
「へえ…それは残念だな。諦めるのか?」
「諦めません!だから、支店長に相談しに来たんです!」
「知らねえよ…自分でどうにかしろよ…。てか、俺よりもっと年の近い奴に相談した方がいいだろ…。」
「いえ!カッコ良くて、気遣いのできる大人の支店長の方が絶対にいいです!」
はいはい…なんか今日はやたらと疲れる一日だな…。
てか、まだ仕事残ってるのに勘弁してくれよ…。
つづく
by rin1119a
| 2013-11-08 12:38
| 運命の人